有栖川リドルのイギリス生活〜世界のどこにいても謎解きがしたい〜

謎解き部UK支部・有栖川リドルによる、脱出ゲーム・推理ゲームの活動記録。イギリス生活の日記・雑記。

「イマーシブ・シアター」「没入型演劇」ってなに?『桃太郎』でわかりやすく解説してみた。(イギリスの場合)

ごきげんよう、謎解き部UK支部の有栖川リドルです。

みなさん、今日も謎を解いていますか?

 

有栖川がイギリスに移住するきっかけを作った、『Sleep No More』という演劇があるのですが、これは「イマーシブ・シアター」と呼ばれるジャンルに属します。

イマーシブ・エクスペリエンスや没入型体験イベントと言われることも。

日本では、「イマーシブ・フォート東京」やSCRAPの「リアル脱出ゲーム」が代表的でしょうか。

世界と比べてまだまだ知名度は低いので、「イマーシブ」と言われても、どんなイベントか想像しにくいですよね。

今回は、有栖川なりにイマーシブなイベントの定義・説明をしたいと思います。

このジャンルの先駆けである『Sleep No More』のシステムについても解説してみます。

 

移住のきっかけについてはこちらの記事をご覧ください。

catharsism.hatenablog.com

イマーシブ・エクスペリエンス(没入型体験イベント)って何?

2024年3月に“完全没入体験”テーマパークを謳う『イマーシブ・フォート東京』がオープンしましたね。

“完全没入体験”はイマーシブ・エクスペリエンス、イマーシブ・シアターとも言われることがあります。

ほとんどの日本人にとって、「イマーシブ」という単語は聞き慣れないでしょう。

「イマーシブ」と言われても、どんなものかイメージが浮かばない。

アメリカ・ヨーロッパでは「イマーシブ・エクスペリエンス」といえば、説明せずともピンとくる人が増えてきて、それだけトレンドになっているのだと実感できます。

ですが、日本ではまだまだメジャーではないため、概念が浸透していない。

『イマーシブ・フォート東京』の運営会社(刀社グループ)は、「イマーシブ・エクスペリエンス」を分かりやすく宣伝するために、さぞ苦労したのではないでしょうか。

 

有栖川が「イマーシブ・エクスペリエンス」を説明するなら……

まるでVRゲームのようだが、しかし特別な機器は使うことない。

観客はキャストの一人であるかのように、物語の世界を歩き、キャラクターたちと冒険できる。

と言うでしょうか。

 

とにかくイベントにおいて、観客がその世界にimmerse(没入)することが大事なのです。

※有栖川の過去記事で、ひたすら説明したものを引用。

イマーシブ・シアター(没入型演劇)って何?

有栖川は、Punchdrunk(イギリスの運営会社)主催のイマーシブ・シアターしか体験していないので、それを基にお話しします。

ふつう劇を観るなら、キャストは舞台上にいて、観客は座席から舞台を眺めますよね。

ですがイマーシブ・シアターは、鑑賞方法から違います。

舞台セットの中に観客も足を踏み入れ、それぞれのキャストの後を追い、キャラクターの行動を目撃することで、全体のストーリーを理解していくのです。

「目の前にいる、この人物は誰なのか」

「自分がいま見ているのは、どのキャラクターに沿った話なのか」

「この事件が起きたとき、他のキャラクターは何をしていたのか」

観客は、終始ヒントを拾いながら謎解きのように、ストーリーの全体像を想像していくことになります。

つまりどういうことだってばよ?

と思った方は、次の章を見てください。

イマーシブ・シアターの観劇システムを『桃太郎』で説明してみる

「もしイマーシブ・シアター"Punchdrunk"が、『桃太郎』を上演したら」という体で、独特な観劇システムを解説します。

設定

登場人物:桃太郎・おじいさん・おばあさん・猿・雉・犬・鬼。

観客:あなたと友人Aがいるとします。

ストーリーの流れ:始点「おじいさんたちが桃を拾う」から終点「鬼ヶ島で鬼を退治した」まで。始点から終点まで約1時間の上演であり、これを1セットとする。観客は、最大3セット観ることができる。

ステージ:ビル全体がステージになっている。B1Fから2Fまである。ただし、観客はビルの入り口しか知らされていません。

各階に、舞台セットが組まれています。

B1F→猿・雉・犬の暮らす村(サブステージ)

1F→鬼ヶ島(メインステージ)

2F→桃太郎の故郷(サブステージ)

ルール

この演劇に、言語はありません。キャストは終始無言。身体表現で演じます。

観客は、上演中はずっと白い仮面をつけること。

観客は、上演中は喋ってはいけない。

観客は、キャストの妨げになる行動をしてはいけない。

観客は、立ち入りを許可された舞台セットを自由に歩き回り、小道具を触って調べることができる。

観客は、キャストの後を追いかけて、ストーリーを辿ることができる。(時には走って追いかけることも)

観客は最大3セット、上演を鑑賞することができる。予約時間が1セット目からであれば、1セット目が終わった後、2セット目、3セット目にも参加できる。(あなたの体力次第で)

上演開始

案内人に連れられ、怪しいビルへ足を踏み入れた、あなたと友人A。ここからステージは始まるので、すでに舞台セットの中にいることになります。

しかし、友人Aは案内人に連れて行かれ、どこかに消えてしまいました。

あなたは、村と思しき舞台セットの中に、放り込まれます。

あなたが混乱する中、どこからともなくキャストが現れます。

どうやら村で暮らす老夫婦のようです。

おじいさんの方は、これから仕事をしに山へ向かうらしい。

おばあさんは川の方に向かおうとしているようです。

さあ、ここで分岐発生。

あなたはどちらのキャラクターを追いかけますか?

おじいさんを選んだ場合、山のセットへ一緒に向かうことになります。おじいさんが仕事をする様子を見ることができるでしょう。

おばあさんを選んだ場合、川のセットへ一緒に向かい、桃を拾うシーン(メインストーリー)を目撃することになるでしょう。

あなたの直感と好みで、後を追うキャストを選びましょう!

『桃太郎』を例にしているので、どのキャストが誰役か、誰について行けばメインストーリーがわかるのか、お見通しですよね。

だが、本物のイマーシブ・シアターは、そう上手くはいかない。

キャストは突然走り出し、キャストしか通れない扉に消えていってしまうことがある。(時には友人Aのように、キャストが観客も巻きこみ、消えることがある)

あなたが追いかけていたキャストが消えてしまったら、新しくキャストを見つけて、その人を追いかけるしかありません。

一方その頃・・・友人Aは、島の舞台セットの中に放り込まれていた。

友人Aは「ここはどこで、何のストーリーが進行しているのか」と混乱しています。周囲の様子から、予想するしかありません。

どうやら島の中にある、集落みたいだなあ。つまり、ここは鬼ヶ島ってコト!?

鬼役のキャストが現れ、島での日常を演じ始めます。

このサブイベントを目撃したことで、友人Aは「鬼ヶ島は穏やかでいいところだな」と思うかもしれません。いずれ退治されてしまう鬼たちにも、穏やかな日常があったんだと知ることになるでしょう。

 

さて、時間軸について話しましょう。

ストーリーは、始点から終点まで進行するだけ。

ただ、キャラクターの数だけストーリーがあり、それが同じ時間軸で進んでいく。

あなたが、「おばあさんが桃を拾う」のを観ているころ、友人Aは「鬼たちの日常風景」を観ているわけです。

通常の演劇では起こり得ないことが、ここで起きていますよね。

同じ時間軸の中、登場する全キャラクターが、それぞれの物語を演じていく。

描かれないはずの物語を、あなたは目撃できる。

「場面転換」の演出は不要。観客自身で、観たいシーンを選ぶのです。

 

ストーリーは、いよいよクライマックスの「鬼ヶ島決戦編」に差しかかります。

すると、全キャラクターが鬼ヶ島というメインステージに集結します。

あなたと友人Aもキャストの導きで、メインステージに誘われました。

(おじいさん・おばあさんは鬼ヶ島に行かないはずですが、Punchdrunkのイマーシブ・シアターの性質上、キャスト&観客を一カ所に集める必要がある)

観客は「全員が一カ所に集められている」とわかることで、クライマックス(鬼退治)のシーンが始まると察知できるわけです。

桃太郎が鬼を退治し終えると、BGMの盛り上がりも最高潮になる。

その音楽が合図となり、キャストたちは徐々に姿を消します。

これで観客は、1セットの上演が終わったと察することができます。

しばらくすると、キャストたちがいつの間に現れ、演技をし始めます。

これが2セット目の始まりです。

2セット目も、各キャストは時間軸に沿って同じ行動をします。

メインのストーリーを見逃してしまった観客は、主人公を探して追いかけるという選択ができる。

上演の回数を重ねるごとに、観客は取りこぼしてしまったストーリーの詳細を、集めることができるのです。

観客を物語へ誘う、イマーシブな舞台セット

ディズニーランドに足を踏み入れるとワクワクするのも、ハリーポッターのスタジオツアーで興奮するのも、好きな作品の世界に自分が入れるからなんですよね。

お化け屋敷が怖いのは、セットで雰囲気が作られているからだし、脱出ゲームもコンセプトのある部屋に閉じ込められるから、雰囲気に入り込めるわけで。

”没入”を売りにするイマーシブ・シアターも、当然、舞台セットがかなり重要と考えているようです。

予算をかけた豪華なセット

映画のセットを想像してみてください。

予算をたっぷりとかけ「街を丸ごと作ってみた!」みたいなこと、ハリウッドがよくやりますよね。

イマーシブ・シアターも、そのノリです。

室内に入ったと思ったのに、木が生えている。誰かのお屋敷が建っていた。街が眼前に広がる。

そういうノリです。夢を見ているのか?と思うくらいの豪華さ。

Punchdrunkの場合、怪しげでホラーのような雰囲気を出すために、すべての舞台セットが薄暗い。足元がおぼつかなくなる、ギリ手前の明るさです。

観客が小道具を触れる

イマーシブ・シアターにおいて、観客はモブキャラとして舞台セットに立てるわけですから、そこらじゅうの小道具に触れることができます。

書斎の椅子に座って、引き出しを開けたり、登場人物が書いた手紙を読んだり。

お店に飾ってある商品を手に取ったり、パーティーで社交ダンスを楽しむキャストと一緒に踊ったり。

観客も見事に、舞台セットの一部へと埋没していく。

言葉のない役者、顔のない観客

Punchdrunkを語る上で、欠かすことのできない上演ギミックについて紹介します。

どんな天才がこのシステムを発明したんでしょうか。

ノン・バーバルの無言な劇

有栖川は、演劇とは当然セリフがあるものだ、と思っていました。

そんな固定概念を吹っ飛ばしてくれたのが、Punchdrunkです。

Punchdrunkの"Sleep No More"は、ニューヨークのセレブリティの間で話題になり、やがて観光客にまで知れ渡るようになりました。

世界中から集客できる理由は、言語のない劇だから。英語がわからなくても大丈夫。

じっと静かにできごとを観察すれば、鑑賞できます。

では、役者はセリフなしでどうやって演技するのでしょうか?

役者という身体表現者たち

集められた役者は、むしろダンサーに近い、身体表現のスペシャリストたちです。

パルクールみたいなアクロバティックな動きができる人もいます。

役者は無言で、そのキャラクターを演じます。お墓に花を添えたり、手紙を読んで酒を飲んだくれたり。

投げやりな所作なのか、嘆いているのは恋慕からなのか。

役者の微細な表情や動きをじっくりと鑑賞できます。

どうやって観客は、そんなディテールを観ることができるのでしょうか?

仮面をかぶった不気味な観客たち

観客は、オペラ座の怪人よりも奇妙な、白い仮面をつけます。

そして、役者の真横や目の前に立って、演技を観察することができるのです。

先生に生徒がわからない問題を質問しにいく、あの距離感で。

たくさんの仮面が、ひとりの人間をじっと取り囲む様子は、かなり不気味。

それがより、Punchdrunkらしい怪しい世界を演出します。

観客は仮面をつける。無言の劇だからこそ、かなりクレバーなアイディアです。

役者も観客も、どっちがどっちか一瞬で判別できる。

役者が仮面をつければ、容易に観客に紛れられる。

同時多発のストーリー

Punchdrunkの運営システムがすごすぎるという話です。

同じ時間軸で各キャラクターにはそれぞれのストーリーがあるから、それを一斉に上演しちゃえ!!って、だいぶ思い切ったことをしてくれる。

10人キャラクターが登場する群像劇があったら、10種類の脚本を作る。

必ず1時間で上演が終わるように構成し、全キャラクターが終演時にはメインステージに集まるようにプロットを作る。

各キャラクターは1時間の行動が決まっており、決められた通りに各舞台セットを移動し演技する。この移動ルートが複雑で、観客は入れない隠し扉から出入りしている。

BGMが時間の経過の合図になっており、多分、この曲の時にはポイントAにいなくてはいけないという指示になっているのだと思う。

いわゆる黒子スタッフは、観客が通れるルートを細かく調整している。この時間はこの舞台セットを封鎖する、この時間は扉を開放するから通り抜けられる、といったように。

総合芸術としてレベルが高すぎる・・・!!!!!!!

まとめ

結局、Punchdrunkへのラブレターみたいになってしまった。

いかに彼らの作品が素晴らしいか、語りたいことがたくさんありすぎて、文字量が多くなってしまいました。

2024年もPunchdrunkの新作を見に行く予定なので、楽しみです。

次はどんな世界を見せてくれるのだろう。